【1】コラムS  『ぼろぼろの犬 (石井 幸子)

【2】コラムM1 川田亜子さんの自殺

【3】コラムM2   娘

コラムY  議員    

【5】コラムY  原田泰樹議員

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【1】    『コラムS』

 

 

はじめまして。Sと申します。代表(まごころ教育友の会代表)からコラムを書いてみないかとすすめられてお断りしていたのですが、あることがあって私の気持ちに変化が起き、お受けすることにいたしました。文章を書くことには自信がありませんので、お読みづらいところについてはお許しください。

 

愛媛新聞の生活欄に毎週、石井幸子さんの不登校の子供さんとのかかわりを振り返られた記事が連載されています。

 

227日の『ぼろぼろの犬』というのを呼んだとき、私は涙が出て仕方がありませんでした。

 

 

 

 

 

ぼろぼろの犬   石井 幸子  

 

愛媛新聞 生活欄2008227

 

 

学校に行かないことを親が受け入れると、二男にも変化が現れました。医師の勧めもあり、親子で散歩することになりました。家にこもっていた息子がくつを履くのは数週間ぶり。人目を避け、出発はいつも深夜でした。ジャンパーのフードを目深にかぶり、私の後を隠れるようにして歩く息子。具合が悪くなり、引き返す夜もありました。

「死んだらどうなるのかな」と暗い話ばかり口にし付き合う私は気がめいる一方。遠くの家の明かりが幸せそうに見え、夜更けに戸外をうろつく自分が惨めでした。

そんなある日、「犬がいる」と息子がごみ捨て場を指さしました。でも視線の先に犬はいません。戸惑って探す私に構わず、「犬、飼っていい?」と息子は続けます。

マンションだから飼えないよ」と言うと、「もし飼えたら、毛がぼろぼろの病気の犬でもいい?」とぽつり。「そんな犬がいるの?」と聞くと、「うん…」とうつむいてしまいます。人とかかわりたくなくて、犬と仲良くしたいのかな。動物好きな息子だけに、その時はそう思いました。

しかし、犬の話題は日ごとに熱を帯びました。「捨てられて毛も抜けて、汚くて声がかすれて、そんな犬でもお母さんなら飼う?」と聞かれ「だから、飼えないのよ」と答えても、「もしも飼えたら、の話だよ」と食い下がります。

「飼えたとしてもそんな犬じゃ嫌だな」と言いながら、ふと見ると、息子は私の上着のすそをギュッと握っていました。「その犬はさ、飯をガツガツ食って、ふすまをビリビリに破って、みすぼらしくてバカで…」。そこまで聞き、やっと気がつきました。犬とは二男自身だったのです。

学校に行けない僕でも愛してくれる?そう懸命に訴えているんだと分かり、涙が出ました。「いいよ。その犬、飼うよ」と私。その瞬間息子の手から力が抜けた気がしました。それ以来、犬の話もばったりと途絶えたのでした。

予どもの心をこんな形で知ってショックだった半面、「私も、わが子の思いを受け止められるようになったかな」という喜びもありました。ただし、親子関係がこのまま楽になったわけではありません。これから後、私は息子に何度も何度も試されることになるのです。

 

 

 

 

私の頭の中からは、その後もずっとこのお話のことが離れませんでした。

代表からコラムを書いてみないかと勧められたとき、これについて書いてみようかと一瞬思ったのですが、私には、とてもこの気持ちを文章に書き表すことはできません。

 

おそらく、石井さんのこのご文章を読まれるだけで、読まれた方には伝わると思います。

 

 

「捨てられて毛も抜けて、汚くて声がかすれて、そんな犬でもお母さんなら飼う?その犬はさ、飯をガツガツ食って、ふすまをビリビリに破って、みすぼらしくてバカで…」。そこまで聞き、やっと気がつきました。犬とは二男自身だったのです。

学校に行けない僕でも愛してくれる?そう懸命に訴えているんだと分かり、涙が出ました。

 

この話を代表にしたとき、代表は「それが、人間の尊厳なんだよ。」とおっしゃいました。

そして、代表は私に、「Sさんはこの二男の方がどんな気持ちだったかわかる?」と聞かれました。私は、「『捨てられて毛も抜けて、汚くて声がかすれて、飯をガツガツ食って、ふすまをビリビリに破って、みすぼらしくてバカで…』、そんな犬と同じ。だから学校に行けない。そんな自分をを愛してもらえないことがつらかったんでしょう」と答えました。

 

代表は、「それもあるよね。」と答えられました。

私は、「ほかにもあるんですか?」と聞きました。

代表は、黙ったままでした。

 

 

つい最近のことです。たまたま、このときの話になって、私は代表に聞きました。「あの二男の方はどんな気持ちだったんでしょうか」と聞きました。

 

代表は、言いました。

「ぼくは、こう思うんだけど、この二男の人は、ほんとうに捨てられて病気でやせ細ってボロボロなように、ほかの人から見えたんだろうか?」

私は考えて答えました。

「たぶん、ほんとうに捨てられて病気でやせ細ってボロボロだったとしたら、誰にもわかると思います。あの瞬間初めてお母さんに伝わったということは、見たところはそうは見えなかったということですね。」

代表は、言いました。

「本当にやせ細って病気でボロボロなのも苦しいけれど、もっと苦しいことがあるんです。がんばってやろうとするけどできない、どうしてできないのかわからない、苦しくてたまらなくて自分ではどうしたらいいかもわからない、この先どうなるのかもわからない、これを二男の人は(ぼろぼろの犬)の姿で母親に伝えようとしたんです。それまで、お母さんには、息子がそんな状態だとは見えてなかったんですね。」

 

私は代表のおっしゃりたいことがようやくわかりました。自分の小学校のときのつらい体験も思い出したりしたからです。それについては、今はまだかけません。

『捨てられて毛も抜けて、汚くて声がかすれて、飯をガツガツ食って、ふすまをビリビリに破って、みすぼらしくてバカで…』、そんな犬と同じ。だから学校に行けない。そんな自分をを愛してもらえない、というよりも、

自分がそんな状態なんだということをどうしてもわかってもらえない

そのことがつらいんだ。

『お前は元気じゃないか。学校へ行けるはずじゃないか』というメッセージを母親や周りの親しい人が、みんな気がつかずに発信していたのではないでしょうか?

 

たとえば、TVドラマのクライマックスで主人公が「僕は癌なんです」といえば、日本全国の人が涙を流すでしょう。けれども、「ぼくは不登校なんです」といえば、どうでしょうか? 「なぁ〜んだ」となると思うのです。

『不登校』とは病名ではありません。

代表がよくおっしゃるとおり、本人にとって見れば、『あなたは学校へ行けてないんだよ』とダメ押しされるだけの冷たい言葉です。

 

 

何で学校に行けないのか、わからない。なんで、これができないのか、わからない。何で、こんなに苦しいのかわからない。

 

そのとき、ただ横に座って、じっと気持ちを寄り添わせてくれる人がいてくれたら。

そうしたら、苦しさを理解してはもらえなくても、きっと、心は少しでも楽になると思います。

 

ただ横に座って、じっと気持ちを寄り添わせること、それが「愛」なのだと、つくづく、私は思うのです。

 

 

最後まで読んでくださって、どうもありがとうございました。

 

 

 

 

目次に戻る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       

【2】   『コラムM』 

 

 

 

 アナウンサーの川田亜子さんが自殺、というニュースを聞きました。日頃からよく

テレビでお見かけしていた川田さんの死はショックでした。
 ご冥福をお祈りいたします。

 

 なぜ彼女は自ら死を選んだのでしょう。最近、硫化水素を使っての自殺報道もたくさん耳にします。数週間前にも、知り合いを亡くしました。人はなぜ、たった一つの命を自ら絶ってしまうのでしょう。

 

 人によって理由はさまざまです。原因となるものは仕事、失恋、借金、家庭、病気、貧困、いじめ・・・等々。そして最終的に死を決断する時とは、何がきっかけになるのでしょう。何かがそっと背中を押すのでしょうね。そしてそれを押し返す力がもう残っていない時、決断してしまうのでしょう。

 

 私の場合、絶望の中にいた時に思っていたのは、「死にたい」ではなく、「消えてしまいたい」でした。死んで家族にお葬式を出してもらって、お墓に入れてもらうという存在感が残ることすら嫌で、泡のように消えてしまって、全ての人の記憶からも消えてしまいたいと思っていました。

 

 幸い私には、まだ押し返す力が残っていました。私の涙を受け止めてくれる友達がいたこと、自分を全てさらけ出せる友達がいたことが、いい方向に修正してくれたのだと思います。

 

 母のうつ病がひどかった頃、会話の中に何度も「死んでしまいたい」「生きていても何もいいことはない」という言葉が繰り返されました。うつ病の人にはただでさえ、言葉を十分選びながら話さないといけないのに、「死んでしまいたい」と言われると、なんと言ってあげたらいいのか分からなかったのです。それほど辛いのだと思いながらも、ただ聞き役になるだけでした。

 

 母のうつ病は良くなったり、悪くなったり繰り返しています。最近は以前と比べると随分良くなっています。後で聞いた話では、実際に身辺整理をして、遺書も書いてロープに首をかけようとしたそうです。たまたま人が来たから止めたというのです。
ぞっとしました。
 母の姉もうつ病の末、死を選びました。それ故、母にとっては「自殺」ということが、ごく身近なことなのかもしれません。
 
 練炭自殺や硫化水素自殺などが報道されると、それに誘われるように次々と同じことをする人が出てきます。何か共感するものがあるのでしょうが、悲しいことです。
 今回の川田さんの報道がきっかけとなり、また同じように死を選ぶ人が出てこないように祈っています。あなたの周りのSOSに気がついてあげてください。もしSOSを出している人がいたら、しっかりと受け止めて、聞いてあげてください。

 

 

 

 

 

目次に戻る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【3】   『コラムM』 (2)

 

私の娘は両目とも開かずに生まれてきました。産後の病院でいつも目を閉じているので、担当医も看護師さんもよく眠る子だと言い、目が開かないことに気づきませんでした。
 私は母親ですから、起きているか眠っているかぐらいわかります。起きているにもかかわらず、ほんの1〜2mmしか目を開けないので、不思議でなりませんでした。
 
 そのころの日記にこう書いています。

  「神様はこの子の目を上下反対にまちがってつけたみたい。」

見た目もそんな形だったのです。

 

退院後、やはり気になる私は、子供が起きているときは両瞼を指で引っ張りあげ、できるだけ光が入るように、そして私の顔が見えるようにしてやりました。後で聞くと、生後一ヶ月までの視力の伸びが大事らしく、こうしてやったことはとても効果があったようです。

 

病院で検査を受けると診断は先天性眼裂縮小症。目の横幅がとても狭く、しかも瞼の筋肉がうまく働かないため、目が開かない病気でした。その10日後、手術を受けました。両目の鼻側を広げ、瞼の筋肉を切り取る手術です。

 

術後、担当医からの話では、瞬きはおでこの筋肉を代用してできるようになるだろう。しかし瞼には筋肉がなくなったので、眠るときも目が開いたままになる。乾燥を防ぐため1時間毎の点眼が必要。斜視の可能性もある。視力は期待できない、と。

これを聞いたとき愕然となりました。が、「母は強し」です。すぐ、私がこの子の目になってやろうと思えました。
 
 その時の日記より。

 

「かわいそうだけれど、これがこの子の運命であり、私たちの運命でもある。もし障害が残ってもそれに打ち勝つ、心の強い、そして明るい子に育てたい。健常者が全て幸福というわけでもなく、障害者が全て不幸というわけでもないのだから。どのようになろうと、この子は私の愛しい子、私の宝物。」

 

5歳の時にもう一度横幅を広げる手術を受け、何とか違和感のない形になりました。その後も何年も眼科に通い、2歳からかけ始めたメガネでの矯正もあって、中学生になる頃にはなんと視力が1.2まで快復したのです。

 

小さい頃は私が抱いていると道行く人が振り返り、幼い子からは「小さい目」「変な顔」と指差されることも度々ありました。学校に行くようになるといじめられるのではないかと非常に心配したのですが、ありがたいことにそのようなことはなく無事に成長しています。

 

ですが、次の気がかりは結婚のときです。病気が遺伝するとしたら、しり込みする人のほうが多いでしょう。愛し合っていてもこれは障害になるのでしょうね。

 

同和教育の中で必ず題材とされる結婚問題。障害者の場合とは幾分違うでしょうが、最終的にはお互いの愛情、情熱ではないかと思うのです。そして若い二人が乗り切れるように、支え励ます周囲の大人たちの力、努力が必要なのではないでしょうか。

 

もし目の遺伝のことが原因で娘の結婚が断られたとしても、私は恨みません。愛情がそれだけのものだったのでしょう。早く分かって良かったと思います。きっといつか、共に乗り越えていける良きパートナーが現れてくれることを祈っています。

 

 

 

 

目次に戻る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【4】  『コラムY』

 

『コラムY』ということで、自分が執筆することになった。代表は、一切手を加えたりせずに、自分が書いたものをそのまま載せるという。

どきどきする。

ほんとに自分でいいんだろうか、と思いつつ、自分は政治面で思ってることを書く。

三谷つぎむ議員の講演会ニュースを見せてもらう機会があった。

おおっ!これって、A教諭のことじゃない?きっとそうだ。さっそくじぶんはそれをコピーさせてもらった。

三谷つぎむ議員はこのサイトを見たのかな?2CHの方を見たのかな?

 

自分がうれしいのは、匿名で、この訴えをしてくれた人がいるってこと。

 

もうひとつは、市民のための市会議員がいるってこと。そうだよね。一弱市民のために、教育厚生委員会で訴えるってことまでしてくれている。ありがたい。三谷議員さん。ありがとう!!

 

 

3月市議会に前後して3通の無記名の手紙をいただきました

 

B市内のある中学校で同和教育に熱心でない先生がいじめられている。イシターネットの書き込みをみてほしいとの訴え。

 

合併後、地区懇談会を頻繁に開くようになりました。わたしが住んでいる上町でもビデオを見てからグループに分かれて一人一人感想を聞かれ、記録係がメモしていたとのことで、異常だったとの訴えを聞きました。自由にものが言えない、恐ろしいと感じるような会を何度繰り返してもそれは思想コントロールでしかありません。インターネットの書き込みではおよそ教育の世界とは思えないものを感じました。教育厚生委員会でその一部を引用し人権教育が歪められていると訴えました。

 

市は毎年1億円をこえる同和人権予算をくんでいますが、いくら税金をつぎ込んでも差別が残るとしたらどこに問題があるのでしょうか。

 

しかも一方で同和地区住宅家賃の滞納はおよそ1,800万円、住宅資金の滞納は3億円を超えています。これらを合健化する隠れみのの役割を果たしているのではと言われでも仕方ありません。何よりも市は団体補助金をやめるべきです。

 

 

 

同和人権予算の方についても、同感。同和教育を熱心にやってんだ〜と称して、補助金ふんだくって、実は、その本人らが差別やってんじゃないの。あきれかえって、ものが言えない。

これについては、たしか2CHにもあったぞ。……ウン、あった。

1024  名無しさん   2008/04/25(Fri) 07:08

大阪府の橋下徹知事は16日の記者会見で、11日に発表した1100億円の財政再建案づくりの基本姿勢を示すとともに、「大阪の未来のため、今は全員で少しずつの我慢をお願いします」と語り、府民に対し大幅な歳出削減への理解を求めた。

会見の冒頭、橋下知事は「私から大阪府民の皆様方へお願いがあります」と切り出し、「どうしても予算の削減をせざるを得ない。すべての要望にこたえると大阪府は立ち直れない。880万人全員で我慢してほしい」と深々と頭を下げた。

四国中央市の財政状況も、県下でも下位グループの一つである。合併前の箱物施設のために、莫大な借金街道を突っ走っている。全ての課で例外なく予算を一律カットし、健全化を目指している。井原市長を先頭に、市役所職員もその痛みを共有しているのが現状である。しかし、唯一つ、カットに無縁の聖域がある。解放運動団体への補助金である!税金を運動団体への補助金として予算化してもよいはずはない。
先日NHKスペシャルで『大返済時代』というのが放映された。四国中央市も緊急体制である。解放運動団体への補助金も0にするか、またはそれに近く大きく削減しなければならない。

 

これだね。団体補助金カットは、常識でしょ。時代は急激に変わっている。そのとおりだ。自治体が財政難になって破綻するところが出てくるだろう、っていうことは、識者は4,5年前から行っていた。まず最初に夕張市で、財政破綻が実現してしまった。その後の様子は、テレビを通して全国の人の知るところだ。病院が閉鎖になり、住民の負担は増えて、大変だ。四国中央市もその危機にあるって中で、1000万円単位で(いや百万円単位かな?)節約していかなければならないのに、補助金1億円だなんて、ちょっと信じがたい。同和対策事業特別措置法やその延長の時代は終わった。新しい時代の波(一憶総貧困)を、みんなで見据えなければだめだ。

 

自分は、特定の政党を応援してはいない。

そういうのは関係なく、政治家個人が何を言って、どんな行動をしているかが大切だと思う。

 

弱者の一市民の声を取り上げ、大切なところをきちんと言う、三谷議員には、今回すごく好感を持った。

 

 

 

目次に戻る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【5】  『コラムY』(2)

 

今回は、原田泰樹議員の《平成18年 6月定例会 四国中央市》の記録()について、書いてみる。

ここでは、学校現場において発生した差別事件について、厳しく糾弾がなされている。

どんな小さな差別も見逃してはならないというその情熱的な弁論に、孤高の戦士のイメージを見て好感を持ち、、自分は、全部一生懸命読んだ。

 

以下は、その差別の部分の抜粋だ。

 

 

 

それでは,1点目の質問です。1点目は,学校現場において発生した差別事件について質問をします。
 その差別事象とは,昨年の秋のことらしいですが,市内のある小学校の4年生のクラスの中で,習字の時間に下敷きを忘れた子供がいて,たまたま下敷きを2枚持っていたクラスのある友達から下敷きを貸してもらった。そしたら,その貸してもらった子が自分に下敷きを貸してくれた子の住んでいる地区名を出して,「〇〇地区の子は汚いから物を借りたらいかんとお母さんが言よった」ということを言いました。そういう事実がありました。

 

(中略)

 

その学校のPTAの同和教育部の方やそのほか真剣に同和問題に取り組もうとしている保護者からも怒りの声や学校不信の声が聞こえてくる始末です。
 私ももう我慢の限界を超えていましたので,6月議会ではっきりこのことを質問しようと思っていました。そしたら,今度は6月議会の一般質問の通告の締め切り日,6月6日に学校と教育委員会と人権課が人対協と学習会を持ちますと言ってきました。私は怒りが爆発しそうになりました。
 そして,その会に行ってみると,もう怒りどころかあきれ返るような状況でした。発言した子供とは詳しく話もできていない。子供にその意識を教え込んだおばあさんとは会えていない。当然そのおばあさんがそんなあそこの子は汚いから物を借りてはいけないというような意識をどうして持っているのかというような背景についても全く分析はされていない。

 

 

許せない!! その下敷きを貸した子の気持ちになったとき、自分はたまらない思いになる。子供にその意識を教え込んだのは、おばあさんらしい。典型的な部落差別である。

 

自分は、自分自身が学校で同和問題学習を受けるたびに、怒りで胸が震えていた。なんで、こんなことがつづくのか!?

少なくとも、あと2,3世代たてば、今よりもずっと少なくはなるだろう。

しかし、その間、苦しむ人が出ることがたまらない。

どうしたらいんだ!?

自分は、自分なりに一生懸命考えてきた。

 

そして、今回、ひとつ見えたことがある。

 

以下、それについて書く。

 

差別心はどの人間の心の中にもあるよね。お釈迦様だって、それを見抜くまで苦しんだほどなんだから。そこんところが大切だと自分は思う。

 

ここで、差別をしたおばあさんがいるんだけれど、そのおばあさんが加害者で、「教師や政治家はそれを上から矯正してやるえらい存在だ」などと考えてはいけないということなんだ。

 

教師も、差別をするんだ。

政治家も差別をするんだ。

 

これを読んでいて気がつくんだけど、原田議員が「我慢の限界を超え怒りが爆発しそうになり、もう怒りどころかあきれ返るような状況」というのと同じことが、土居中で去年起こったね。

 

それは、『うつ病差別事件』や『生徒イジメ事件』だ。そして、それに対する、学校と教育委員会と人権課と人対協の対処はまさに、「我慢の限界を超え怒りが爆発しそうになり、もう怒りどころかあきれ返るような状況」といっていい。

 

今現在、校長が変わった後の土居中も、「このサイトに書いてあることは全部ウソだ。そのようなことはナカッタ」といっている。あきれかえるよね。

 

つまり、自分が言いたいのは、差別心は人間みんなが持っている。常にその闇と自分自身が闘っていかなければ、差別はなくならないということなんだ。

 

部落差別と、ほかの差別を、区別し、さらに差別の中で優劣をつけちゃだめだってことを、自分はいいたいんだ。

 

上記の議会質問の部落差別は、直接は、上のおばあさんに原因がある。それは、はっきりしているね。

 

しかし、それと同じ差別心は、すべての人が持っている。

 

だから、目の前で次々と自分に降りかかってくる出来事のなかで、自分の気持ちが揺れ動くとき、その中で自分の中に起こる差別心をこそ、なくしていかなければならないと、思うんだ。

 

代表(まごころ教育友の会の)は、「21世紀の新しい教育」ということをよく言われるよ。自分なりに考えるけど、よくわからない。

 

でも、今回、ちょっとだけわかったのが、今書いたことなんだ。

 

すべての人が、自分の心の中の差別心を正直に見つめて「ゆるさんど」とその差別心にくいを打つ。これって、いいでしょ。

 

ほかの人に向かって「差別許さんど」なんて言えるほど、みんな人間できてないと思うよ。

 

すべての人が、自分の心の中をみつめないといけないと思う。

 

 

 

◆原田泰樹議員 やっぱり四国中央市というのは井原市長が先達で,機関車の一番の先頭になって,そこからやっぱり指令っていうのは一番大事なんだと思うんですけど,やはりこれは教育現場においては委員会が本当に一番大事なウエートを占めていかんかったらいけないんで,教育委員会としての指導性っていうのは一番問われていくと思うんです。そこら辺っていうのはやっぱりきちんとしてほしいし,そして先ほども言よったんですけども,こっちから質問したことに対しての答弁もないような,そんなんでは納得はいかんのではないんかと思いますので,私の方からまた教育委員会であったり人権課であったり,必要に応じて部局の方へ話をしに行きたいと思いますので,そのときにはよろしくお願いをしておきます。

 

 

 

原田泰樹議員は地元土居の人なんでしょ?

すると、地元の土居中で起こった『うつ病差別事件』などのことを知らないはずはないと思うんだけど、直接被害者のA教諭に聞き取りするとかしたのかな?

それとも、土居中の中のことについては、何も知らないのかな?

 

「去ね、去ね、病気の奴は」

 

っていう言葉を、昨年度の教務主任が、直接A教諭に投げつけたということなんだけど、、自分はこれを聞いたとき、同和問題学習で怒りに震えたのと同じくらいに怒ったよ。だって、うつ病がよくなっているとはいえ、まだ体調が不調で本人の努力だけではどうにもならないことでしょ? そのことで、ほかの人並みに仕事ができないからといって、あの言葉を言うっていうのは

 

「死ね、死ね、うつ病の奴は」

 

と同じことだと思う。これは、ゆるされないことだよ。

 

それで、自分が気になるのは、こんなひどい差別事件が学校現場で解決できてないってことなんだ。教育委員会が介入しても解決してない。じゃ、原田議員は、議会で、「平成18年 6月定例会」のときと同じように、この事件に関して追求したのかな?

 

追求したという話は、自分は聞いてない。

 

そこが、すごく引っかかる。

つまり、だ〜〜れも、この差別事件を本当に解決させようとはしてないんだ。だから、いまだに、校長が変わっても、「あれはなかった」なんて公式発言してしまうんだ。

 

 

ということは、ですよ、

 

私の方からまた教育委員会であったり人権課であったり,必要に応じて部局の方へ話をしに行きたいと思いますので,そのときにはよろしくお願いをしておきます。」

 

と原田議員は言っているけど、それはしちゃだめだよ、ってこと。

 

政治と教育は別。教育が政治から圧力を受けるようになったら、いけないでしょ。

 

そんな暇があったら、議員として、議会でちゃんと声を上げるべきだと、自分は思う:

 

「教育現場で、『去ね、去ね、病気の奴は』という発言が幹部教師から教師に向かって投げつけられた。これは、『死ね、死ね、うつ病の奴は』というのと同じことで許されることではない。旧校長は、今後一切教育界に顔を出さないこと。教頭は来年度降格すること。教務主任は今後一切昇格させないこと。さらに、この《うつ病差別事件》にかかわった幹部C1〜C6は、一度市外または管外へ人事異動させて、一般の学校で勉強させなおすこと。」

 

と、こう明言しなきゃだめだ。

 

幹部教師がイジメをしているんだから、学校でなんとかせよなんて言ってもできるわけないもんね。

 

首相が大臣を更迭するような厳然とした処置がいるんだ。人事異動の権限は教育委員会にある。そこに圧力をかけるようなことになってはいけない。だから、

 

「私の方からまた教育委員会であったり人権課であったり,必要に応じて部局の方へ話をしに行きたいと思います」

 

って言うのは、絶対しちゃいけない。政治家の常識として。自粛しなきゃいけない。

 

教育界が教育界の中において解決できるまで、特に特に、厳重に、一市会議員と、学校教育関係者が公的に会うっていうことは、やめてください。

 

 

 

もし、上記に自分が提案したような追及をすでに議会でやっているのなら、すばらしいと思います。でも、学校現場はぜんぜん変わってない。

もし、上記の追及も、被害者への聞き取り調査もまだ議員としてやってないのなら、これは、原田議員の政治生命にかかわると思いますよ。

市民からは「言ってることとしてることがちがうじゃないか」と、失望と非難の声が上がると思う。

 

失礼かなとは思ったけど、今ならギリギリ間に合うと思うから言ったんだ。議会は、次の選挙までにまだあるでしょ。

 

一切の差別をなくするために、弱市民のために働いてくれる政治家を、市民は求めていると思う。

 

 

 

 

 

なお、代表も絶対の信頼を置いている井原市長について

 

井原市長が先達で,機関車の一番の先頭になって,そこからやっぱり指令っていうのは一番大事」

 

と言っていることには、自分はまったく賛成だよ。

 

井原市長は、利権に左右されず、正は正、誤は誤とはっきりされる方だと、自分は代表やほかの方から聞いている。

 

一中学校で起こった教師の差別事件も解決できないほど、教育機関が疲弊しているときは、井原市長のような卓越した方の支持を仰ぐことが、必要だと、自分は思う。

 

(H)

                        200852

 

 

 

          なお、まごころ教育執行部として、原田泰樹議員に『公開質問状W』を送らせていただきます(このサイト上→)ので、ご回答のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

                      

まごころ教育友の会執行部一同

200855

 

目次に戻る