まごころ教育41
当方まごころ教育友の会の休業中に、次のようなメールをいただいておりました。 大変感動しましたので、このサイトに載せてもいいかどうか確認したところ、快諾をいただきましたので紹介させていただきます。 これは、A教諭(河村卓哉さん)の小学校時代の同級生からのメールでした。 呼んで心が温まる、そしてそれ以上に、何か一種名状すべからざる気分が私の心全体を包んだのでした。 何なのだろう?この気分は? 私は自分に問いました。 そして、わかりました。 「表立った行動(署名活動など)や、私の名前が出るような事については何の怖れもありません。」 ここなのです。 この土居中および土居町の問題は、人々が、背後に控えている暴力団的団体の『お礼参り』を恐れて、誰も、誰も、物を言えずに何十年という歳月を重ねてきたのです。なぜものをいえないか? 自分が、あるいは家族がやられるからです。 私の知る限り、面と向かって彼らにはっきりものを言ったのは、私の知る限り河村さんとH先生のお二人だけではないでしょうか? そして、どの人も、貝を閉ざしたように、黙って一言も言わない。これが、横への市民レベルでの活動が広がらない難点なのです。(いっぱん市民さんが何度も呼びかけられるんですが、広がらないんですよね。) そんな中で、昔の同級生であるというだけで、「私の名前が出るような事については何の怖れもありません。」と明言できること。このことに私は感動したのでした。 河村も、あなたのメッセージを読んで涙を流しました。 本当に、土居町は、そして、そこと合併した四国中央市は、まごころの通じないおかしなところです。砂漠のようなところです。(ところどころにオアシスはありますが。) みんなが安心してものを言うことのできる四国中央市になることを目指して。 みんなの笑顔があふれる四国中央市になることを目指して。 あなたのまごころに感謝いたします。 (なお、第2信も、まごころ教育42で紹介させていただきたいと思います。また、小学校時代のニックネームは人物が特定されてしまうため「***」と表記する予定でしたが、そうしてしまうと、むしろ大切なものを隠してしまうように思いました。そこであなたが下さった原文をそのまま載せさせていただきます。) 平成20年11月15日 まごころ教育友の会 代表 3代目 大山大仏 |
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なまこさん、ほんとうにありがとうございました。
まごころ教育42
ナマコさんの、第2信を紹介させていただきます。 多くの方から、まごころ教育41を読んで、感動したとのお声をいただきました。 次に紹介する第2信は、第1信をこのサイトに公開してもよいかどうか、問い合わせたところ、すぐに返信くださったものです。河村はもちろんのこと、これを読んだ私も涙が出て止まりませんでした。 河村(A教諭)は、このような真の友人を持って幸せである、と私は思います。
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3代目大山大仏様、こんばんは。 |
あなたの「やさしさ」がどこからくるものなのか、私は考えました。小学校からのともだちという特別な関係からか? それもあるだろう。きっと、あなたと河村さんは、小学校の時から、親しい間柄だったのだろうと思います。 そして、それ以上に思ったことは、あなたも何らかの苦しさを味わったことがおありで、しかも、今回の河村の「災難」を聞いて、じっとしてみのがすことができない正義感がおありなのだということです。 あなたはこう書いておられますね。 タコラは実直過ぎるほど、実直過ぎるんよ。 これほど、傷ついた心がいやされる言葉はないと思います。 土居の問題では、誰もが口を閉ざします。 そんな中で、名前を出しても怖れることはないと明言されたあなた。 そのような方が出てこられるのを、実は私は待っていました。 今一人、出現しました。一人は2人になり、4人になり、・・・と増えていき、社会的悪がまかり通る世界を作っている暴力的集団を包囲する・・・。その時こそ、本当の解決の時がやってくると信じております。 私も勇気をいただきました。ありがとうございました。 初代大山大仏のようにはうまく書けませんが、心から感謝の気持ちをお伝えさせていただきます。 なお、河村にはすぐに印刷して渡しました。先週のことですね。本当に感動していましたよ。「すぐ電話する」と言っていましたが、それは私がやめるように忠告しました。こういうとき、ハイになってしまうことに気をつけなければならないからです。あなたの手紙を何度も見て自分の中で消化できてから、ゆっくり、電話しようと思った時にすればいいのだと思います。 なお、本サイトへの提言も、どうぞご遠慮なく下さい。 あなたには、執行部員になっていただけると、ありがたいです。 平成20年11月20日 第3代目 大山 大仏 |
まごころ教育43
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