先生早く気がついて!

 

私は、今年3月の土居中卒業生です。実のところ私も、土居中の同和教育を叩き込まれ、洗脳されていた一人です。3学期ごろから、何か違う何かおかしいと感じるものがあり、それでいて何もできないつまらない人間だったのです。そんな時、ある事件がありその後の学校の対応があまりにもひどく、ますます不信感がつのり不安な毎日をすごしていました。私の友達は勇気のある子で先生が先生をいじめている、やらせの同和教育だと言っていたのです。でもその友達に先生からの圧力がかかり、入試前だというのに校長室に何度も呼ばれ拷問のような質問をされたようです。


「誰がいじめがある言うたんぞ。」「なにをしっとんぞ」答えなければかえしてもらえないんです。それって学校の先生のやることですか。その友達だけではありません。わたしのクラスなどほぼ全員、いまにも殴られそうな勢いで聞かれました。

 

私はある先生の「そんなにひどいんなら○○先生から聞いたことにしときな」と言ってくれた大好きな先生の名前を本当に言ってしまいました。その先生に「ごめんなさい、先生が、しんどいなら何でも悪いことは先生のせいにしときなと言ってくれたので名前使った」と言ったら「よかったやなもう聞かれんですんで、これで受験勉強できよ」と言ってくれたんです。

 

いじめにあっていた先生も本気で話を聞いてくれました。温かかったんです。今まで助けてあげられなくてごめんなさい。次の学校は温かそうであんしんしました。早く心が元にもどるといいですね。いじめられていると気がついていたのに何もしないで本当にごめんなさい。

 

○○先生も、下級生の話だと「あの部屋に行くな。」と言われ仲間外しされているようです。でもこっそり相談に行くそうです。信じられる先生が土居中には誰もいないから。本当に何を信じたらいいのかuC・蠅泙擦鵝・・・諒豺擦覆里冒瓩・泙箸發壁當未粒惺擦砲覆辰討曚靴ぁ・修Υ蠅辰討い泙后J譴・・い砲覆襪鵑覆蘚蟾討垢譴个箸い辰討・譴燭里罵Φい鬚世靴峠颪C泙靴拭・・w)w)

 

(註:文字バケしていました。この部分を再送信していただけたら、改めて訂正しますので。)

 

                   卒業生さんより

 

 

ああ。卒業生さん。苦しい3学期でしたねえ。

 

あなたは、言っておられる:「それでいて何もできないつまらない人間だった」

とんでもないです。つまらないどころか、あなたは輝く星です。

なぜなら、今、こうしてこのお手紙(メール)を下さっているでしょ。

 

3学期、A教諭だけではなく、3年生も弾圧を受けて苦しんでいることを聞いていました。そして、あなたたちのクラスが立ち上がったことも。

 

それは、土居中教師集団のあの支配体制下において、合法的に、クラス全員が団結して立ち上がった、すばらしいものでした。渋染め一揆に比類するものだと、私は思いましたよ。

渋染め一揆では、嘆願書を差し出します。あなたたちは、封印した手紙を渡したのでしたね。

あなたたちの知力と行動力と勇気と団結力は、おそらく、土居中に初めて大きな大きな光の輪を輝かせたのです。

 

「先生が先生をいじめている、やらせの同和教育だ」と言っていた彼Y君は、本当に勇気のある子でしたね。A教諭はずっと、彼のことを心配していました。話もしたいと言っていました。結局A教諭と彼が話をする機会はなかったわけですが、A教諭は彼のことを尊敬しています。

 

渋染め一揆と同じように、嘆願書ならぬ手紙を差し出したのに、学校の対応は、あのころの大庄屋と同様のものでした弾圧です

「誰がいじめがある言うたんぞ。」「なにをしっとんぞ」

入試前の生徒たちにやることでしょうか!??

 

 

私はある先生の「そんなにひどいんなら○○先生から聞いたことにしときな」と言ってくれた大好きな先生の名前を本当に言ってしまいました。その先生に「ごめんなさい、先生が、しんどいなら何でも悪いことは先生のせいにしときなと言ってくれたので名前使った」と言ったら「よかったやなもう聞かれんですんで、これで受験勉強できよ」と言ってくれたんです。

 

このお話、本当に泣けてしまいますよ。これが、本当の教師です。自分の身を捨ててでも、生徒の幸せのことを第一義とする。この先生がいて下さって、本当によかったですね。この先生は、あなたたちの心を癒し、魂を救ってくださったのだと思いますよ。

 

 

それから、あなたが、

いじめにあっていた先生も本気で話を聞いてくれました。温かかったんです。今まで助けてあげられなくてごめんなさい。次の学校は温かそうであんしんしました。早く心が元にもどるといいですね。いじめられていると気がついていたのに何もしないで本当にごめんなさい。

 

と書いてくださっていること。私は泣けてしまいました。このサイトを見てくださっているんですね。そして、A教諭のことを心配して下さっているんですね。A教諭が起きるころ、すぐ知らせます。きっとA教諭は泣くでしょう。

A教諭は、あなたたちとの授業をほんとうに懐かしそうに振り返って語っていました。あなたたちが書いてくれたという、『感想』もいまだに書斎の同じ場所に保管してあるそうです。

 

 

 私も、そして、おそらくA教諭も、泣けてしまうのは、

今まで助けてあげられなくてごめんなさい。いじめられていると気がついていたのに何もしないで本当にごめんなさい。

というあなたのお言葉です。もう、高校生活も軌道に乗って中学生活の中のイヤだったことは忘れてしまってもいいのに、あえて、今、あなた自身つらかったであろう思い出を振り返って、こう書いてくださったこと。

 

「ごめんなさい」なんて言う必要はちっともないんですよ。

あなたたちがいてくれたということ、あなたたちの存在そのものがA教諭の心を癒してくれているんですよ。

 

土居中での幹部教師集団によるA教諭に対するイジメは、ひどかった。しかし、授業に行くとA教諭は心が楽しく緩やかになった。

だから、A教諭は、土居中に対しては、「楽しかった」という印象を持っているそうです。

 

116日に事件があって、それを最後に、A教諭はあなたたちに会うことはできなくなりました。しかし、苦しい病床で、あなたたちがクラスで立ち上がったということを聞いてから、「信」の想いがずっとA教諭の心を支えていたように思います。

 

いまだに、去年のうつ病差別事件などのことを「全部ウソ」だと言ってはばからない土居中。そうでうす。いったい誰を信じたらいいのでしょうか?

でも、去年も、

「そんなにひどいんなら○○先生(自分)から聞いたことにしときな」

といってくださった先生がいましたよね。

濁った、汚れた泥沼。その中に咲く一輪のハスの華。まごころの華。

 

 

この出会いがなかったら、恨みだけで終わってしまったかもしれない。

この出会いがなかったら、怒りだけで終わってしまったかもしれない。

 

 

でも、この出会いがあったから、私たちの心は癒され、そして、より深いところで魂も癒されているのだと、思います。

 

 

そして、ひとつ、私の中に確信のあることがあります。

それは、卒業生さん。

あなたも、○○先生が窮地を救ってくださったように、自分の身を捨ててでも他人(ひ と)のために尽くすことができる、そういう人だ、いつの日かそういう働きを成されるだろうということです。

 

 

 

卒業生さん。よくぞ、このお手紙をくださいました。

深く深く感謝の気持ちをこめて、お礼申し上げます。

 

 

また、いつの日か、安心して○○先生やA先生と話し合える日がくるといいですね。

 

 

まごころ教育執行部代表

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